メディアと政治にみるフォローワーシップの問題


日本に帰っている間にあっというまに大波乱になっていたマードック氏と政治の癒着について、今更ながら情報を追っていた。
マードック氏の「メディア帝国」はセレブの盗聴を元に拡大していた、そして、そのメディアの影響力がキャメロン首相さえもすり寄らざるを得なかった、という事態。様々なリポートがまだ出て来ているので、事態は収まったわけではないだろうが、ここでいつも常に考えさせられる問題について考えてしまう。関係記事(nikkei 西日本新聞 IBtimes  )など。

 

メディア、見ている側、そしてリーダーたち。

日本帰国時に、TBSのプロデューサーの方とも話す機会があった。KWCという素敵な場で、全く関係ない話から、リーダーシップの話まで、みなで食事をしながら話しつつ、気づけば誰かがプレゼンし、気づけば誰かが皆に質問し、本当に豊かな時間を過ごした。

3月から7月に至るまで、日本のメディアは本当に走り続けていると思う。
その一方で、本当に語られるべき内容が語られていない、いや、日本のテレビ局(特に民放)は、日本の聴衆をあまりに過小評価しているのではないだろうか、という話になった。
難しすぎるから簡単に、お茶の間向けに、専門家ではなくバラエティのタレントが解説して楽しく、深刻な問題を深刻に見せないようにする、、、、
そういう動きが制作の現場で強く働いているのは知っている。

それで本当に語られるべき内容が語られるのだろうか。

久々に日本のホテルでチャンネルを回してみて、見たい番組が一つもないことに気づいた。前よりもひどくなっているような。

これで、多くの有識ある若者たちや意見を持つ人々がテレビから離れるのももっともな話。そして、Ustreamやオンデマンドなどのオンラインのサービスに移って行くのも当たり前。

そしてさらにテレビは残った観客達を喜ばせることに熱心にならざるを得ず、深刻な問題を深刻に見せず、明日の苦労を苦労とは言わず、簡単に分かりやすく、ちょっとのことだけを載せる媒体へ、と変わって行ってしまうのだろうか。

一方、マードックのことも思い出しながら、次の言葉がディスカッションの中で浮かんで来た時、これも深刻だ、と思った。

マードックはセレブの盗聴を「売れるから」やり続けたのである。
イギリスの聴衆のレベルが、マードックの行為を必然的に作り出したように、日本の聴衆のレベルが、テレビ番組の品質劣化を生み出している、とも言える。視聴率が上がるから、という理由でテレビ番組の全てのコンポーネントが決定されていくのだ。

リーダーシップの問題とも絡んでくる。
リーダーシップには常にフォローワーシップというものが着いて回る。
リーダーとなるべき人が、潜在的なリーダーシップを存分に発揮するには、周囲の人々によるフォローワーシップが重要なのである。

(私には日本の菅首相に対して辞任を要求する人たちの気が知れない。民主制というものは自分が投票した相手でなくても、最終的に選ばれた人をサポートするシステムのはずだ。特に、私が最も信じられないのは、民主党の内部の議員が、菅首相辞任を要求するという行為だ。矛盾はなはだしく、フォロワーである自覚がみじんもない。自分の信条にそぐわないのであれば、党内で解決すべきであり、また、彼を首相に選ぶ前に解決すべきである。最初はサポートしていたのであれば、最後までサポートすべきである。それがモラルであり、work ethicsではないのか?)

フォローワーシップについては、政治だけでなく、これはメディアと聴衆の関係にも似ている。視聴率は投票であり、セールスである。
そしてこれは企業と消費者の関係と同じだ。購買は投票であり、売り上げである。

ここで、一つ考えることがある。BOPやサステナビリティばかりをやっているからかもしれないが、企業が次の世代へLeap(飛躍)しようとする際、desruptive(破壊的な)イノベーションが必要となることを思い出す。
次の時代を提示し、その世界へ向かって消費者を促すことをする。それがリーダーシップのある企業であり、ビジョンのある企業なのだと思う。
日本の高度成長期に企業が躍進して来た背景には、消費者たちに正しい情報を与え、消費者たちを教育し、消費者たちに選択してもらう、というパスを持っていたからだと思う。

アーリーアダプターが多い日本のマーケットは、こうした先を示し、消費者を引っ張って行く力は大きなブランドになる。

一方で、テレビ番組を作る側には、「消費者教育」をするという「責任」はないのだろうか?Responsibility = Respond + abilityと以前、北欧の会社の人にいわれたことがあるが、自分達が接している消費者に対して「反応すること」が求められている、ということだ。
一方通行の会話ではなく、対峙する消費者と会話して番組を作ることであるが、これは様々な形で持ち込まれているように思う。(デジタル放送から始まり、twitterなどとの連動?)本来なら視聴率もそうなのだが・・・。
テレビはスポンサーがセールス相手だということも、悩ましい問題だ。反応すべき相手が違うから、こうなってしまったのかもしれない。

いずれにしても、日本のテレビの劣化は社会問題の一つではないかと思う。そして、テレビという場におけるパフォーマンスが良い人ばかりがもてはやされる風潮も本当に危ない。1度のミスが何度もテレビで取り上げられ、失脚する政治家たち。フォローワー達の忍耐やサポートや信じる力が少なければ、そのリーダーシップを発揮するための場も醸成されない。

イギリスでも問題は深刻だと思うが、日本はこの深刻な問題が大きな事件となって吹き出すことなく、静かにさらに悪化していることが怖い。

俳優のヒューグラントがインタビューでこう語った。

「what have you done to our country?」 (マードックさん、あんたは私たちの国に何をしたんだ?)

同じ言葉が今の日本のテレビ番組の中で笑っている俳優やタレントたちから聞くことができるだろうか。

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