朝から元気をもらい、「社会起業家を繋げる仕事」の次の形を夢想する

年末から新年にかけて、友人をなくすという体験をして、しばらく落ち込んでいましたが、その友人の友人(そして今は多分、色々な辛さを共有した友人となった方 笑)の声がけあって、六本木ヒルズで月1回行われているHills Breakfastでお話させていただく機会をいただきました。 http://hillsbreakfast.roppongihills.com/event/volume_12

こういう機会はめったにないので、最初は当惑だったけれど、全てが怒濤のように過ぎた後、こういう機会は本当に貴重だな、と感謝の念。
前々から知っていたけど行く機会のなかった「ぺちゃくちゃナイト」方式で、しかもその発案者であるマーク・ダイサムとアストリッド・クラインも来ていてお会いしたいと思っていたので、本当に嬉しかった。

 

写真を見ていたければ分かると思うけれど、ものすごい元気な人達が沢山・・・。いろんなご縁が人を繋ぐのだと強く感じ、朝からものすごいパワーで皆が動いているのでびっくりして元気をもらう。前日の夜12:00からスタートした資料作成で、睡眠時間もままならなかったけれど(笑)、コーヒーよりも強烈に一気に吹き飛ぶ興奮。

 

今回は、何に焦点をしぼって話そうかな、と考えながら、夜、すっかり寝てしまったので(笑)、お話はあまり熟慮されていなかったかもしれず、とても申し訳ないのですが、結局のところのナラティブは以下。

「Design for the other 90% (誰かのために理論)がありましたね、共感やじぶんごとにすることは重要でした→

だけど、今の潮流はDesign with the other 90% に向かいつつあるよね(誰かと共に理論)→

現場で一緒に作る →現場で観察・プロトタイプ化する→

コラボレーションを生む社内起業家が重要→

社会起業家と社内社会起業家がコラボできる場所づくり→

HUB Tokyo設立の動きをちょいと紹介」

という流れでした。

 

 

最初の方は自分が仕事でやっている、商品・サービスをBoP層に届ける為に行う「人作り」事業について、現地で働いている時の写真もベースにお話をした。これに興味を持ってくれた人も多かったみたいで、BoPという言葉は日本ではまだ人に夢を持たせる魔法を持っているんだなあ、と痛感。それから、セカンド・ハーベストのチャールズさんのホームレスの人達との仕事とも非常に似ていたし、Greenz.jpの兼松さんのソーシャル・デザインの話のプロセスは、全て私がやっていることと同じで、全然違う分野で同じプロセスで物事を動かしているんだなあ、と痛感。これが「ソーシャル・デザイン」と呼ばれる分野の共通項かもしれないなあ、と感じていた。

 

話の最後の方で出たHUB Tokyo構想は、実は昨年の春頃からずっと作りたいなと思っていて、亡くなった友人に相談をし、(彼は空間や建築を専門としていた)アイデアを作り始めていた。彼も「普通のCo-working Spaceには全然興味ないけど、これは何かそういうありきたりなものとは全然違うし、自分が考えている未来像の実験という意味でも面白いのではないか」という話になり、無菌室の病室からスカイプやメールをしながら、色々なコンセプトラインを一緒に決めて行く作業をしていた。

 

まだその頃は、「来年のいつかにできればねー」ぐらいの気持ちだったのだが、彼はたくさんの人にこのコンセプトを話していた。(私の知らないところで 笑)彼が亡くなり、その後、「あいつが言ってたプロジェクトだよね?」と色々な人が声をかけてくれる。彼が繋いでくれた人達が「あいつがやろうって思ってたんだったら、手伝うよ。いや、やらなくちゃ。いや、できるんじゃない?」という形で、わらわらと協力していただけるようになり、あっという間に物事が進み始めてしまった。彼がいたら、本当にほくそ笑んでいるに違いないのだが。彼がいないので、変なプレッシャーかけやがって、と、文句を言うこともできない(笑)

 

HUBとは、世界中に広がる社会的イノベーター達のネットワークシステムであり、そのカルチャーを指す。単なる場やCo-working spaceを指すのではない。彼が話していたアメーバのように面白い人達が広がる世界観を、HUBはある形で、実現していたのかもしれない。世界で既に30カ所あるが、さらに50カ所が自己増殖し続ける。この流れを、誰も止めることができない。

 

世界のイノベーター達は、生来の性質として、人と繋がることで成長してきた人達だ。世界中のイノベーター達と出会ったが、彼らは全員、人をベースにして、その価値を出す。人が繋がる場が出来ないと、東京という都市のイノベーションのレベルは、一定の停滞領域から抜け出る事ができないのではないか、と考えてみた。思ったことは行動に移す。それでHUB Tokyoの構想に至った。

 

今の東京にHUBのようなネットワークは既に存在している。イベントは起こり、エキサイトメントは高まるが、一過性で終わり、継続できない。東京で盛り上がるイノベーター達は仲間意識はあっても、分断されていて、まだまだひとりひとりで闘っている。

 

「労働者よ、団結せよ」とマルクスは語ったが、団結(Unify) の力はものすごい。社会変革は一人では出来ない。だが多くの人が同時に夢を見れば、その夢は実現する。そのためには、一人の優秀な人が社会起業家でいる状態よりも、多くの行動するUnitが伝染病のように広がって行くことの方がインパクトが大きく、社会変革が起こりやすいはずだ。

 

その化学反応を起こす、リアルな場としてHub Tokyo存在させるために孤軍奮闘、いや全軍奮闘、みなさんと一緒に作って行きたい。

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世界を旅する。人間らしく。Travel like a human…. Live like a human

Bed and Breakfast.

B&Bって日本では民宿でしょうか。

世界中を転々しながら仕事をし、色々な都市にちょこちょこ腰掛けて仕事をするノマド研究者にとって、とても興味深いサービスを発見したので、今日はご紹介。

その名も Air BnB (http://www.airbnb.com/)

来月行くカンファレンスの公式宿泊施設として紹介されており、(笑)米国ベイエリアの起業家連中からのお墨付きをもらっているサービスです。

 

自分の家の空いている部屋を世界中の人にBed and Breakfastとして提供する。

自分が旅人であれば、いろんな人の部屋を旅する。

そんな夢が実現するサービス。うちのパートナーが数年前日本でシェアハウスのビジネスをやっていたのですが、シェアハウスやノマド的な仕事の仕方を、イノベーティブな旅人的にできたら、と、そんなことをぼーっと夢想していたら、ほんの数クリックで可能にしてくれたサービスです。

 

同じようなことを夢想する人が沢山いるんだなあ、と、笑みがこぼれてやみません。

 

以前、似たようなサービスで、Couch Surfingというのがありました。

「自分の家のカウチを、世界中の旅人と交換する」

このAir BnBはカウチを卒業した人におすすめです。バックパッカーではないんだけど、通常のホテルには泊まりたくない。(仕事がある、とか、勉強がある、とか、もっと落ち着きたい人向け)だけど、地元の人と触れ合いたいし、その土地の普通の人の生活を感じたい。でも、バックパッカーは疲れるからユースホステルには泊まりたくない。そんな感じの人にはおすすめです。中には、完全にホテルと変わらないじゃない!というようなものもあるので、選び方次第ですね。

 

その家のホストがどんな人かしっかり分かること、どういう仕事をしていて、どんな話を夜一緒にできるか、どういう人が今まで泊まったか、どういうハウスルールがあるか、などが分かります。家主の趣味、好きなものなども分かります。また家によっては家主は一緒に住んでいない場合もあるので、その時はその家を独り占め、つまりウィークリーマンション的に使うこともできる。信頼と、効率の良いシェアの発想で成り立っているこのサービス、とてもスマートだと思います。

 

ロンドンにいる友達などには絶賛おすすめをしながら歩いているのですが、今度、このサービスを本格的に使おうと思っています。下手なホテルに泊まるよりも安全だと思います。それに、なによりも部屋のコンディションがホテルよりはるかに良さそうです。

 

そして、ロンドンのわが家にゲストハウスが1室、ひっそりとしているので、それを登録するかもしれません。

ロンドンで登録すると、プロのカメラマンが来てくれるそうで、来週、撮影をすることになりました。こういうサービスが無料であるということが、ビジネスモデルとしても面白く、この会社、なかなかやるなあーと、このイノベーティブな発想にわくわくさせられています。

 

最近、こうした「ソーシャルメディア」のコアの発想を、リアルの世界で実現するようなシステムを作り出す、スマートな会社が増えて来ていて、面白いなあーと見つけては使ってみて、楽しんでいます。

 

最後に、この会社を設立したアイデアマンのプレゼンテーションを。最初の30分で、ささっと作ってしまった、というエピソードは面白いですよ!

ポール・ポラック「世界一大きな問題のシンプルな解き方」来週出版、その背景

Out of Povertyの ポールポラック、と言って、分かる人は、BOPマニアック度が高いに違いない。もの作り系の人には、たまらない面白さを提供してくれる話者、実践者、そしておじいちゃんである。

今、BOPビジネスを考える人たちに、ちょっといいニュースがある。それはこのおじいちゃんの本が日本語化される、ということだ。つまり、ようやく「本物の」コミュニティとの恊働するイノベーションに関する書が日本語となって、出版される。

Out of Povertyは、International Development EnterpriseというNGO を創設したPaul Polakの著書。その日本語版が来週日本でも発売される。

「世界一大きな問題のシンプルな解き方」

 

私もあとがきを書かせていただいたので、是非ごらんになっていただきたい。

日本での様々な文脈からアプローチされる、多様なBOPビジネス論がわき起こる中で、何か勘違いされているのではないか、という危惧をぬぐい去れない時期が、この1年ほど続いている。

今まで日本語で出版されたり、雑誌に取り上げられたBOPビジネスの書籍は、ほとんどがビジネススクールサイドの議論をカバーするもので、研究者、アカデミックが執筆したものが多い。ケーススタディはほとんどがそうだが、本当に語られるべき詳細が簡略化され、美化されやすいモデルへと昇華されてしまっている。BOPビジネスを語る分野において、「本当に現場に行って、コミュニティと暮らし、ビジネスを作り上げてきた実践者」が書く、リアリティのある書籍が一切ない。(本当に、全くない、と言っても過言ではないと思う・・・)だから、議論も偏る。英語でネットで探せば、山のようにあるが、日本語の書籍で得られる情報は本当に偏っていた。

これは私の感覚的な危機感だったのかもしれない。だが、MITの遠藤さんも似たような危機感を持っていた。二人で、今の議論はちょっと違和感を感じますね、という話をしていた。

二人とも、ポール・ポラックということで繋がり、そして、すぐに「この本が日本に今すぐにでも出版されなければいけない」という、強い共通の危機意識を持つにいたった。そうして、日本語化を考えていたのが、ちょうど1年前だった。遠藤さんから相談を受けたころ、私も英治出版の高野さんに無いものねだりで「この本は面白いですよ」と話していた。

いろいろ紆余曲折はあったのだが(一時は出版は遠いかな、という話になり、遠藤さんはご自身で日本語訳することを考えていた)結局、英治出版さんで出版していただける運びとなった。ポールに日本語出版する際に前書きを1章追加してもらうというところも、私と遠藤さんとポールで画策した。最初は専門書で読みにくい、という扱いだったが、さすが英治出版さんは学校のテキストとしても使えるくらい読みやすいものに仕上げてくださった。

 

今回、この過程で得られたのは遠藤さんとスカイプで色々話した時間だった。最初の構想段階から、誰よりも熱い熱意をもってこの本の出版を推進して来た、遠藤さんの寄稿を読むのも楽しみだ。(実はまだ遠藤さんの原稿はシェアされていないので、読んでいないので楽しみである)こういう機会でもない限り、ボストンにいる遠藤さんと色々思想や感覚的なところまで、シェアする機会は持てなかったと思う。大変ありがたい機会だった。

英治出版のみなさん(今回は下田さん、そしていつも通り、高野さん)も本当にご尽力いただいて、震災後のばたばたの中でも色々と真剣に議論につきあって頂いた。特にタイトルや一言一句、著者でもないのに文句を言う私や遠藤さんに、最後までしっかりと議論につきあっていただいたことに感謝している。

 

本当におつかれさまでした!

この本が出たことで、日本の中で一つ違う議論のあり方が生まれることを期待しています。

 

ポールと会った時のことは、そのあとがきにも書いた。

非常にハートウォーミングで、今でも心に残るやりとりがあった。私が今、常にに悩んでいることについて、彼と話すことができたのは、非常に面白い経験だった。現在の、BOPビジネスに関する流行廃りの著しさなどへの懸念、コミュニティをしっかりと見る人が少ないことへの危惧、それぞれを真剣に語り合いながら、今後世界はどういう方向に転がって行こうとしているか、そんな話をした。

彼に、私がしているプロジェクトについても話をした。新規事業として、イノベーションとして捉えること、コミュニティに長期足を運び、発想を豊かにしていく過程を作り出すこと。

私が現在実践している、こうした試みは全て、ポールや様々な研究者や実践者からアドバイスをもらいながら、だが、日本企業や日本の組織が受け入れられるサイズ、概念に沿って、プロジェクトをデザインしている。そのため、無理を最小限に抑え、着実に次を作り出すことが出来ている。この「塩梅」が非常に難しいのだが。

「どうして詩野は、そういう(一緒に理念を共有して働けるイノベーティブな)企業を見つけるんだい?」と言われたので、大変でした、と伝えた。(というか、今もまだ大変です。)そう簡単に、多くの企業は「イノベーション」という言葉を信じてはくれないし、people’s powerを信じてはくれません。ただ、信じることができるイントラプレナー達に出会えるからこそ、こうしたイノベーションが起きる過程を作り出して行くことができるのだと思います。そんなことを話すと、目をきらきらさせながら、「そうか、日本のイントラプレナーか、それはいいね!」と頭の回転が高速で始まる。「それなら、IDEのあのプロジェクトと、、、、、」と今度は自分達のフィールドで、企業と連携することで面白いものが生まれそうなプロジェクトを頭の中でひねくり回し始めた。

とても御年77歳には見えない。

 

その彼が、TEDで4月に「新世代の企業」について語っている。オールドファッションな物言いもあれば、彼らしいウィットにとんだ見方も入っている。

ここまで多くの企業人に尊敬を集めた、ポールならではの、非常に真摯で辛辣で、丁寧で、嘘のない、企業に対する次世代への喚起と警鐘。

 

 

そしてこのビデオの最初の一言。「18歳のバージンの脳みそと、77歳の体。」まさに、ポールポラックそのもの。これからポールとIDEのスタッフ達に、日本版が出るよー!とメールをするのが楽しみでしょうがない。

 

デザイン展から考える: モダンデザインの持つ民主性と日本の強み

「世界を変えるデザイン」の書籍から発展して、こんな動きになるとは思わなかった・・・

「世界を変えるデザイン」展のためにNYからわざわざ足を運んだイローナ(「世界を変えるデザイン」のあとがきで、私が一緒にNYのアフガニスタン料理屋でサモサを食べたイローナです)が、感激のあまり声を漏らしていた。

ふたりで見つめ合い、「いやーこれは想像以上だわ」と感動した。初日で800人の大入りだったというから、興業的にも成功だったのであれば嬉しい限り。

私だって、想像していなかった。ちょうど1年前、私はイローナに打ち明け話をしたのだ。

「私、今出版社さんにもちかけて、Design for the Other 90%の日本語版を作っているところなのよ。」

「わお、Good for you!!!すごいじゃない。日本でもエキシビションをできたらいいね。」

「いや、そういう機運じゃないね。

この本を出すにしたって、日本のデザイナーたちは、わかるだろうか、と不安なの。このデザインは、かっこいいものを作ったり、見栄えのいいものを作る「デザイン」ではないってことが、伝わるだろうかと。」

「でも、日本のデザインはいつもシンプルでモダンで、ポテンシャルがある。優秀なデザイン思考がそこにあるはずよ」

「確かに、モダンでシンプル。でもそれが、『ソーシャル』という領域との接点を持つことが今までなかった。『ソーシャル』なものは、今まで社会運動とか草の根とか、ちょっと変わった人達がシュプレヒコールをあげているもの、ってつい最近まで思われていたのだから。自分のものとして『ソーシャル』な問題を考える体験が少ないのよ。」

「ふーむ、それはおかしいわね。だって、人は誰だって、『ソーシャル』な中で生きているはずよ。社会に生き、その問題に直面し、それに疑問を思う、というごく自然な行為。わざわざ途上国にいかなくたって、このNYには疑問を持つべき対象が山のようにある。」

「そう、この話をし始めると、日本の市民社会の成熟度について話さなければならない。でも今日は市民社会論を話しにきたんじゃないから…。

とにかく、そういった意識を持つことがないのかもしれない。いや、デザイナーに限らず、この問題が解決していく時に感じる個人的な体験としての、『面白さ』や『感動』に対して、自らの時間を貢献しようとする人々があまりに少なく、本当に関心が薄いのが現状のように思う。

マーケッターも、企業の事業決定を行うマネージメント層も。不思議なくらいに無関心な人が多い。社会に対して『無関心』でいることが許されて、それがステータスに響かないんだから、日本は。

そして、少数の起業家精神のある人やソーシャルビジネスオタクだけが、この問題を自分のものとして捉えているけれど、それ以外の人達はとってもクールに、自分の問題として考えられていないんじゃないかな。

ねえ、NYではどうやってこのムーブメントを起こしたの?」

「NYでももちろん大変だったのよ。別にNYだけでなくアメリカ全体でも。個々人の、動かす人がたまたまいて、たまたま繋がって、シンシアがそこに価値を見出した、というだけ。

でも、Design that mattersみたいな継続的な活動ができるNPOが存続して、一時的なブームじゃなく、人々がアクションを起こすことができる場を提供している。」

「日本もそうなるのかな?デザイナーからの反応がどうでてくるかは、この本が出るまで、本当に未知数なのよ。そう、蓋をあけなくては、何がでてくるか分からない…。」

。。。。。と相談をしていたのだ。

そして蓋を開けてみた。

2009年10月に出版をされ、11月には書店ランキングで上位に入っていると朗報を受けた。イギリスにいた私は、英治出版の高野さんに「どんな人が手にとっているんでしょう」と伺った。

意外にも30代男性が多いようですよ、との声。

社会人で、ビジネス上でも決定権が増えてきた層になる。

ふーむ。

それでもまだ実感がわかなかった。ほんとうに?誰が読んでいるの?

2009年11月になると色々な人から本サイトの「お問い合わせ」から連絡が来るようになった。毎日、毎日、沢山のお問い合わせ。

読んで面白かった、興味がある、いっぱい勉強したい。

もっと知りたい、もっと関わりたい。

これが自分の人生で求めていたものだ。

ひとつひとつ、お答を可能な限り、私の渾身の力で、お返事させていただいた。感動するメールも沢山あった。

その中に沢山の出会いがあった。

BOPラボを最終的に一緒に立ち上げることになったICUの高野くん。あまりにも色々質問が来るので、もう面倒臭くなって、お会いしましょうということでロンドンであったら(笑)、そのまま一緒にオンラインラボを作ろう、という話になったのだ。たった、4時間、コーヒーチェーンで座り込んで雑談していただけの話し合いの出来事だった。

それが今では200人を超えるメンバーが集まるコミュニティになっている。

それから日本産業デザイン振興会の矢島さん。

矢島さんは、この動きをデザインといった小さな枠組みでなく、新しい資本主義の在り方というところまで広げて考えてくださっていた。

12月に日本に帰国してすぐにお会いして、これからの時代、資本主義の在り方や大量消費社会についても少しずつお話し、色々なところで矢島さんの考えてらっしゃることがシンクロすることが分かった。

そこで、「最初は4人くらいの飲み会」だったのが、矢島さんが企画してくださったおかげで90名の人が集まる大宴会になり、このビジネスデザインに関係する人達が最初に集まり、顔を合わせるきっかけとなった。

このチャンスが本当に後の半年を変える出来ごとになったと思う。

それが12月23日に行った「BOPビジネスの製品・ビジネス開発ラウンドテーブル」だった。

そこに集まった「面白い人」たちが、今動き出している。大学の先生も、デザイン学科の学生たちも、企業のエンジニアも、そして若い学生や意欲にあふれた人達も。

ここでグランマの本村君も、皆と繋がった。彼は元々知り合いの知人で、彼がグランマを立ち上げる以前に私は1度くらい会ったことが合って、その時はBOPのBの字も話さなかった。その後2年して、たまたま凄くプライベートなことで連絡をとったら、本村君もこれに関心があるという。

「じゃあ、おいでよ。プレゼンしてよ」と言った。そしたら、彼はデザイン展をやりたいとプレゼンした。

不思議な縁が重なって、今に至っていると思う。

このデザイン展の会期が13日で終了する。

ツイッターでの動きをみる限り、このデザイン展の間中、熱狂した人々が沢山の繋がりを作ったことが分かった。

これが継続していく横のつながりとして残ることを期待したい。

そして、デザイン展の会期の最後の日に、私も日本に帰国し、今回のアクシスギャラリーのキュレーションをされた佐野さん、日本産業デザイン振興会の酒井さん、そしてグランマの本村君と最後のパネルをさせていただくことになった。

そこで今思っている疑問は一つ。

今、みんなと話したいと思っているトピックは一つ。

日本のデザインの強みは何だったのか。

そして、その強みを、いかにこの『ソーシャル』との接点で、昇華させ、新たなる強みにしていくのか。

『ソーシャル』との接点は、日本のデザイン思考に対し、イノベーションをもたらすのだろうか。

イローナが言う「シンプルでモダン」なデザインが持つ本質的な意味は何か。そして、そこになぜ日本の強みがあるのか。

私はモダン・デザインは民主主義だと思っている。フィリップ・スタルクが考えたのと同じように、そして、19世紀のモダン・デザインの祖であるウィリアム・モリスが考えたのと同じように。

そこにサステナビリティの要素が強く強く意識される時、社会性が持続していくために、民主的な社会が持続していくために、モダン・デザインが果たすべき要素は何なのか。

これは見栄えのデザインだけでなく、ビジネス全体でそうだ。

民主的な社会を、民主的なビジネスを、デザインできる日は来るのか。

そのビジネスとは、「収益」と言った喜び以外に、人々に対して、一体どんな「喜び」を提供してくれるものなのか。

今、そんなことを考えながら、2週間後にせまる会期終了への準備をしています。