時を刻むということ

グリニッジ天文台の時計

時を刻む。これはグリニッジ天文台にある、最初にできた頃の「時計」だ。人間が「時を刻む」という作業を思いついた頃のことが、この天文台の展示には沢山描かれている。

時を刻むことが出来始めた理由として、定期的に振れることができる振り子ができたこと、その振り子に作用/反作用を与えるバネを開発できたこと、という、とても物理的な、技術的な理由で、「時を刻む」作業が始まったのである。

誰ももし「時を刻む」ということを考えつかなかったら、今はどうなっていたのだろう。

ストーンヘンジ

時を刻み始める前の出来事は、非常に曖昧なのが、人間の歴史だ。ストーンヘンジ。変な石の塊。

と思ったら面白いことに、そうではないらしい。祭壇としての役割を担っていた様子であり、そこに参拝に来る人たちの参道があった。そこに今は羊たちがメエメエと歩き回って、緑の芝が生い茂って、歴史をすっかり覆ってしまっている。

このストーンヘンジで行われいた祭りと太陽に関係する儀式などは、この社会が上下関係が少なく、非常に民主的な社会であったことが伺われるという。イギリスの大昔に住んだ人々は、民会にしろ、こういった遺跡の跡にしろ、民主的な社会をベースとした世界観を持っていることが多く、面白い。ローマ人たちが来る以前の人々やケルト民族を研究するのは、政治思想史的に非常に面白いのだが、その姿がこうやって残っているところも面白い。

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で、ローマ人。写真はローマのカラカラ浴場だ。ローマ人も上下関係がなかった部分もあれば、残酷な上下関係も存在した。不思議な人種だ。

風呂場では奴隷も好きなだけ同じお湯に浸かれるというシステムなのに、コロッセウムのようなところでは動物の餌になっている。

人の命というのを無惨に決定できる人間は面白い動物であるが、おそらく動物の餌にしてしまうような人たちには同じ種類の動物という認識が無かったのかもしれない。だから、人を所有することも、可能だったのかもしれない。

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そして、キリスト教世界の時代。これはアドリア海や地中海側から帰って来た船の上から、ベネチアを見たら、こんな姿だったろう、という写真。

ベネチアという都市国家。近くの神聖ローマ帝国ではなく、イスタンブールにあるビザンチン帝国に忠誠を誓うことで、自分の独立を守っていたベネチアという国。

この国ほど「ヒロイズムのいない国は見た事がない」と塩野七生は書いている。為政者が行う政治が、そのまま全て、この小さな島に住む人たちの欲望を体現している。商業をうまくいかせるため、海賊を追い払うため、地中海における覇権を続かせるため。小さな国のコミュニティであれば、為政者は実質的な人々のニーズをうまく引き出し、政治に反映させることが可能なのだろうか。

この海を制覇した、小さな潟(ラグーン)に住む人々の、ものすごいパワーでの「生きたい」意欲を、この島からは感じた。強い、強い島だった。

ベネチアの下町で

ベネチアの面白さは、所有の概念が少ないところにある。この写真の水路の周りに、教会とそれを取り巻くコミュニティ、そしてカンポと呼ばれる広場がある。この空間的な構造自体が、このコミュニティには「共有財産」こそ存在したが、それを私有化する動きはほとんど起きようが無かったことが分かる。

ベネチアの人々は、全てが元々、本土から逃げて来た人々。他の民族に追われて、安全な海の方へと逃げて来た人である、という。

その逃げ方が面白いのは、教会と教区ごと、ごっそり逃げてくる。教会の司祭を中心としたメンタルな構造が成立していて、その下に豪族や商人や地主が、そしてそのお金持ちの人たちの仕事を支える形で、職人や農民がいた。これは日本の中世とも同じ姿をしていて、特に、私が大好きである飛騨高山の豪族たち「旦那衆」とその周辺の職人達の構造に酷似している。

それが社会を構成するユニットだ。なんだか「会社」みたいだけど、そのユニットは共有の場所として「広場(カンポ)」があり、みんなで鶏とか牛とかをそこで飼っていた。生活のユニットと仕事のユニットが一致していた。

仕事がいきいきと人々に無駄無く分け与えられていた時代の出来事である。

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そして、最後に載せたいのは、100年続いている八百屋の写真。ナポリで出会った八百屋である。

時を刻むことを人間が始めてから、人間は色々な栄枯盛衰を経て、自分達の創ったものがすっかり壊され、地下に埋もれたりしたとしても、その上に新しい緑が生い茂る。

でも、続くものもある。

「100年つづく事業を」といつも話している。途上国で、日本で、東北で、いろいろなところで。始めるなら、続く事業を。スケールする事業を。強い事業を。

この100年つづいた八百屋を見ながら、続く事業とはどういうものかな、と考える。八百屋のおやじは本質的なところをただ淡々と、黙々と、やってきただけで、それだけで強い。

歴史の色々な営みを見ながら、最近ついつい考えてしまうのは、「強い事業」とはナンだろうかということだったりする。そして、「強さ」を持つ為には、人はどんな住まい方をし、どんなコミュニティや、どんな資産を持った社会を創って行くのがいいのだろうか、と考えたりしている。

 

というわけで、最近いろいろ旅をしたのですが、それに伴い考えていたことをつらつらと書いてみました。