BOP→HUBになったわけ

今でもこのブログには、BOP関連のものでアクセスしてくれている人がいるのを最近発見しました。

そうですよね、BOPはバズった後、今や定着して、いろんな人が使うようになった言葉です。ほんと、リサーチを始めて、その世界に飛び込んだ2007年には信じられなかったことですが、今、FACEBOOK等で関係している人たちの投稿をみると、BOP, BOPって言葉がどこでも聞かれるようになって、すごいなあと関心しています。(私の周りだけでしょうか)

最近、何かのご縁で、HUB Tokyoにきてくれる人がいて、お会いすると、「あれ!変わってね!」というか、「なんでこんな転身を!?」と言われます。「途上国じゃないの?東京でいいの?」というような反応。

本人的には全然転身していなくて、とっても素直な形で現在の状態に至ったので、「あー、すごい変わったように見えるんだー」と素直に驚きます。

そもそも、BOPビジネスに着手していたのは「途上国好き」とか「バックパッカーだった」とか言う理由からではなく、そこにとてつもない、わくわくする、信じられないイノベーションがあるからでした。Make the Impossible Possible, とか、Think the Unthinkableという言葉がすきなのですが、まさにそれです。

イノベーションという追求の意味では、全く、何も自分的には変わっていないのです。

確かに、1年前の私は途上国のチェンジメイカーたちと、日本の企業や投資をつなげる仕事をしていました。会社勤めのコンサルタントで、一応、日本の大企業の方々がお客さん、という形でしたが、最終的には現地のチェンジメイカー達の仕事がうまくいかないと意味がないので、そちらへのデューデリジェンス含む、ハンズオン的なところをやっていて、気がついたらどっぷりそちらの中で、そちらの組織の人みたいに働いていたわけです。

途上国のチェンジメイカーの起業家たちとそのチームたちの成長を5年ほど、見続けることができたこと、そして、その加速を手伝うことができたこと、それが私が得た素敵な経験でした。チームの失敗、成功、ラッキーなど、色々目にしました。彼らが迅速に自分たちの姿を変え、方針を変えていく柔軟な様も経験しました。

それで、今は、自分で会社を作りまして、日本、海外、途上国関係なく、チェンジメイカーとなる人たちの仕事をレバレッジする、というのを目的に、「HUB Tokyo」という場/コミュニティを作り、起業家として生きていこうとする人たちの生態系作りの仕事を始めています。(HUBというもの自体が日本では知られていませんが、世界のチェンジメイカーの生態系づくりに、実は一役買っている、グローバルなネットワークの一つなのです。)

ずっと私の中で溜まってきたフラストレーションは、システマティックチェンジ(構造的な革新)を起こすに至らない起業家が、日本にあまりに多いことで、多分、これは視野をかえたりすればできることなのだと思うのです。

とにかく、イノベーションのものすごいものをみたいが故に、興味本位の一心で、多分、自分で金をつぎ込んでしまいました。

(私の好きな言葉はガンジーの「Be the change you want to see in the world.」。私が一緒に働いていたインドの起業家たちも遊びにきてくれ、色々なアドバイスをくれました。)

ということで、今はリスクも全部背負って、現在の場所に立ってしまったわけですが(笑)、それが正しかったかどうかは別として、おかげで気迫だけは残ったまま(笑)その気迫に押されて、素敵なチームが集まってくれて、ようやくHUB Tokyoも動き出しました。

チームの素敵な笑顔↓ HUBのメンバーも混ざってます!

BOPのコンサルタントでいる限り、絶対に経験できない部分、それは社会的な事業にリスクも全部しょいこんで「やってみる」ということをしないままの、「セーフティ」に身を置いてしまっているわけで、それでいいのかな、といつも思っていたからです。

というか、私にとって全然「セーフ」じゃないな、と気づいたのです。

もちろん、資金サポーターとかボランティアとかよりも、遥かに身を突っ込んだ生活をしていたのですが(1年の半分は農村住まい、とか、肉体的にかなりコミット 笑)コンサルタントというのは最後まで自分がリスクを背負えないという悶々としたものがあります。リスクを背負えない、イコール、自分のAlignmentを発揮できない、という不発弾に陥るわけです。

とはいえ、じゃあ、事業会社に転職してBOP事業をやりたいのか、というと、全然違いました。同じなのです。結局、経営層が割り振ってくれた予算を使って、どこまでBOP事業ができるかを考えるわけですから、四方八方に色々なリミテーションがある中で調整をする、ということが得意な人には向いていると思います。イントラプレナーに必須の能力ですね。

ですが、私にはその能力が全く無い気がしてきた。

そもそも、↓下のような写真の状況が無理な気がしていたからです。

私がいつも仕事をしてきたチェンジメイカー達は、自分の持つ情熱や能力を解き放ち、それらを最大限に使い切らないと、何もイノベーションは起こせない、と教えてくれた。全身全霊、全部使いきらないと、だめなのだと思う。

彼ら、彼女らのスケールはでかい。地域という脈を超えて、社会全体や世界全体を変えたり、制度やパラダイムシフトを起こしていく。その情熱に、私も、身を燃やされてしまった人の一人なわけです。

人生は一度きりしかなく、自分の能力を最大限に解き放つためには、何も無い地平線で、存分に歩き回り、失敗し、痛い目をみて、独自で考え、自分で納得し、次へ向かう、というそのサイクルを繰り返すこと。

8年前のウユニ湖。一人で、湖の真ん中に立ち、広がる地平線を360度眺めたとき、自分のちっぽけさを感じ、自分ができることの限界を知りました。と同時に、何もまだ自分は発揮していないことも知りました。

現在、HUB Tokyoという場で、色々な人たちが自分の人生を見つめ直し、シフトしてきていて、その人たちと話していると、爆発的なシステマティックチェンジを起こすために必要なことが、だんだん私の中でわかってきたように思います。イノベーションプロセスがだいぶ分析され、理解し始めている。

なので、私が起こしたい改革はもうすぐそこに迫っていて、そのために起爆剤を投入するのみ。私がみたい社会は、全ての人がチェンジメイカーとしての素質を発揮できる社会で、それをみるために山を上り始めています。

というわけで、あまり説明になってませんが、BOPからHUBになったわけ、を書いてみました。よろしくおねがいします。

1年間のBlog休止を経て。

勝手にBlogを休んでいましたが、本当に気づいたら1年間全く情報発信をしていなかった。ようやく筆をとって書こうという気になったら、本当に1年経っていました。

びっくりしました。

 

この1年の間に色々なことがあり、プライベートでも山あり谷あり、最後にはハッピーもあり、そして仕事は大きく変わり、コンサルタントという立場から事業を持つ人として起業しました。

現在、HUB Tokyoというfor-profit but social enterprisingな事業をすることになり、チームも組成され、少しずつ動きだしています。http://hubtokyo.com

社会起業家やチェンジメイカーとなる人達があつまる場です。興味ある方は是非おとずれてみてください。

それで、私が今やっていることは、電球の省エネや壁のペンキ塗りやDIYでねじを締め直したり、そういうことばかり。今年はもう少し頻繁に書いて行こうと思います。

東京にDrishteeメンバーが来る

このブログで紹介したことのある(相当前ですね、2年くらい前?)インドの社会起業家Drishteeのメンバーが、また日本にやって来ます。今回で2回目。

数年前、たまたまどこかのカンファレンスin NYで、Satyan MishraというCEOに会ったのがきっかけで、その後1年くらいやりとりをし、「じゃあ、インドに行くわ」といって会いに行って、、、、それで一緒に色々と仕事をするようになりました。

アントレプレナー達と仕事をするのは楽しい、とそれで、自分の方向性は決まったわけです。いろんな他にもプロジェクトはあったのでしょうが、「いやー、これしか興味ない」と言い続け、会社には色々ご迷惑おかけしていますが(笑)、気がつくと色々な国で、Drishteeのような志ある人達と仕事をするようになっていきました。これがとても面白かった。ああ、こういう形でお仕事ってあるんだな、と思った。

というわけで、この数年間の「社会起業家と組んで仕事する」ということのプロセスを、ツールキットにしたものをドリシテと一緒に作成しました。それを来月中には無料配布を開始する、という集結点に至りました。これはアントレプレナーin India にも読んでもらいたいツールキットだし、日本企業の方々にも読んでもらいたいものです。そのお披露目を日本でしよう、ということになっています。

その流れで2月7日に国連大学のエリザベスホールで、セッションをすることにしました。セミナー内容は、もう私の勝手し放題にしてしまいましたが、こういう企画をずーっとやりたかったので、それが実現できて嬉しい・・・。パネリスト達も、普段から公私混同でおつきあいのある皆さんに来て頂くことに。

一つは、「日本の社内起業家たちが社内変革の苦労話をきちんと話すこと。失敗も共有すること。」

二つは、「インドの社会起業家もその場にいて、自分達がどんな価値を得られるか話すこと。」

日本のBOPビジネス議論の中には、この二つの要素が欠落しています。その二つが絶対に必要だと思っていたので、この場で実現します。

「日本の社内社会起業家たち」という意味で普段からお世話になっている、リコーの瀬川さん、それから、リコーの志チームの原田さんにも来てもらいます。このお二人に来て頂こうと思ったのは、シニア×若手のチーム構成で、どうやって社内起業家チームが運営されているかについてはなしていただこうと思っているからです。
また、住友化学さんからも水野さん、そして山口さん。お二人とも色々お話してきたのですが、本当に元気な「社内起業家気質」の方々で、住友化学内の社内起業家チームなんではないかと思うのです。そのお二人も、シニア×若手のチーム構成で、社内をどう変えたいか、どんな点に苦労しているか等を、皆で話す予定です。 2チームとも、とても似た構造になっているものの、少しずつ違いますし、面白いんですよ。

そして、井上先生にも来てもらいます。(まだ内容全然決めてないんですが 笑)現在シアトルにいらっしゃるみたいなので、その熱さめやらぬうちに色々お話してもらえるでしょう。

ドリシテのサティアン達は、今年もまた新しい日本の熱と志を持った人達に会えるのが楽しみで、今からわくわくして日本に来ます。 是非、みなさん、このセミナーに来てください・・・
申し込み:https://www.jri.co.jp/seminar/120209_380/application/privacy/
概要:http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/seminar/120209_380/guidance_120209_380.pdf

第1部
インド現地の社会的企業が起こすイノベーション
“Drishtee’s entrepreneurship and its innovation”
Drishtee Foundation CEO Satyan Mishra氏

第2部
BoPビジネスに期待する企業のイノベーション
「住友化学におけるBoPビジネスとその価値」
住友化学株式会社 ベクターコントロール事業部
事業部長 水野達男氏

「リコーにおけるBoPビジネスとその価値」
株式会社リコー 総合経営企画室 新規事業開発センター
副所長 瀬川秀樹氏

第3部
社会イノベーションと日本社会
「社会イノベーションと日本の企業組織」
慶応義塾大学 政策・メディア研究科
特別招聘准教授 井上英之氏

第4部 BoPビジネスの現場とイノベーション
「南アジア・東南アジア・中国地域で起きているBoPビジネス」
日本総合研究所 創発戦略センター
副主任研究員 渡辺珠子
副主任研究員 菅野文美

「多国籍企業と社会的企業のソーシャルビジネス・コラボレーション」
日本総合研究所ヨーロッパ
新興国&社会的投資リサーチャー 槌屋詩野

第5部
パネルディスカッション
「企業変革を起こすチーム作り:社内と社外のコラボレーション」

パネリスト(予定):
ドリシテ CEO Satyan Mishra氏
住友化学株式会社 ベクターコントロール事業部 事業部長 水野達男氏
住友化学株式会社 ベクターコントロール事業部 マーケティング部 山口真広氏
株式会社リコー 総合経営企画室 新規事業開発センター 副所長 瀬川秀樹氏
株式会社リコー 総合経営企画室 原田知広氏
慶応義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘准教授 井上英之氏

ファシリテーター:
日本総合研究所ヨーロッパ 新興国&社会的投資リサーチャー 槌屋詩野

さいごに、ドリシテメンバーと前回取った写真です。土日に、みんなで和郷園に行きました。

朝から元気をもらい、「社会起業家を繋げる仕事」の次の形を夢想する

年末から新年にかけて、友人をなくすという体験をして、しばらく落ち込んでいましたが、その友人の友人(そして今は多分、色々な辛さを共有した友人となった方 笑)の声がけあって、六本木ヒルズで月1回行われているHills Breakfastでお話させていただく機会をいただきました。 http://hillsbreakfast.roppongihills.com/event/volume_12

こういう機会はめったにないので、最初は当惑だったけれど、全てが怒濤のように過ぎた後、こういう機会は本当に貴重だな、と感謝の念。
前々から知っていたけど行く機会のなかった「ぺちゃくちゃナイト」方式で、しかもその発案者であるマーク・ダイサムとアストリッド・クラインも来ていてお会いしたいと思っていたので、本当に嬉しかった。

 

写真を見ていたければ分かると思うけれど、ものすごい元気な人達が沢山・・・。いろんなご縁が人を繋ぐのだと強く感じ、朝からものすごいパワーで皆が動いているのでびっくりして元気をもらう。前日の夜12:00からスタートした資料作成で、睡眠時間もままならなかったけれど(笑)、コーヒーよりも強烈に一気に吹き飛ぶ興奮。

 

今回は、何に焦点をしぼって話そうかな、と考えながら、夜、すっかり寝てしまったので(笑)、お話はあまり熟慮されていなかったかもしれず、とても申し訳ないのですが、結局のところのナラティブは以下。

「Design for the other 90% (誰かのために理論)がありましたね、共感やじぶんごとにすることは重要でした→

だけど、今の潮流はDesign with the other 90% に向かいつつあるよね(誰かと共に理論)→

現場で一緒に作る →現場で観察・プロトタイプ化する→

コラボレーションを生む社内起業家が重要→

社会起業家と社内社会起業家がコラボできる場所づくり→

HUB Tokyo設立の動きをちょいと紹介」

という流れでした。

 

 

最初の方は自分が仕事でやっている、商品・サービスをBoP層に届ける為に行う「人作り」事業について、現地で働いている時の写真もベースにお話をした。これに興味を持ってくれた人も多かったみたいで、BoPという言葉は日本ではまだ人に夢を持たせる魔法を持っているんだなあ、と痛感。それから、セカンド・ハーベストのチャールズさんのホームレスの人達との仕事とも非常に似ていたし、Greenz.jpの兼松さんのソーシャル・デザインの話のプロセスは、全て私がやっていることと同じで、全然違う分野で同じプロセスで物事を動かしているんだなあ、と痛感。これが「ソーシャル・デザイン」と呼ばれる分野の共通項かもしれないなあ、と感じていた。

 

話の最後の方で出たHUB Tokyo構想は、実は昨年の春頃からずっと作りたいなと思っていて、亡くなった友人に相談をし、(彼は空間や建築を専門としていた)アイデアを作り始めていた。彼も「普通のCo-working Spaceには全然興味ないけど、これは何かそういうありきたりなものとは全然違うし、自分が考えている未来像の実験という意味でも面白いのではないか」という話になり、無菌室の病室からスカイプやメールをしながら、色々なコンセプトラインを一緒に決めて行く作業をしていた。

 

まだその頃は、「来年のいつかにできればねー」ぐらいの気持ちだったのだが、彼はたくさんの人にこのコンセプトを話していた。(私の知らないところで 笑)彼が亡くなり、その後、「あいつが言ってたプロジェクトだよね?」と色々な人が声をかけてくれる。彼が繋いでくれた人達が「あいつがやろうって思ってたんだったら、手伝うよ。いや、やらなくちゃ。いや、できるんじゃない?」という形で、わらわらと協力していただけるようになり、あっという間に物事が進み始めてしまった。彼がいたら、本当にほくそ笑んでいるに違いないのだが。彼がいないので、変なプレッシャーかけやがって、と、文句を言うこともできない(笑)

 

HUBとは、世界中に広がる社会的イノベーター達のネットワークシステムであり、そのカルチャーを指す。単なる場やCo-working spaceを指すのではない。彼が話していたアメーバのように面白い人達が広がる世界観を、HUBはある形で、実現していたのかもしれない。世界で既に30カ所あるが、さらに50カ所が自己増殖し続ける。この流れを、誰も止めることができない。

 

世界のイノベーター達は、生来の性質として、人と繋がることで成長してきた人達だ。世界中のイノベーター達と出会ったが、彼らは全員、人をベースにして、その価値を出す。人が繋がる場が出来ないと、東京という都市のイノベーションのレベルは、一定の停滞領域から抜け出る事ができないのではないか、と考えてみた。思ったことは行動に移す。それでHUB Tokyoの構想に至った。

 

今の東京にHUBのようなネットワークは既に存在している。イベントは起こり、エキサイトメントは高まるが、一過性で終わり、継続できない。東京で盛り上がるイノベーター達は仲間意識はあっても、分断されていて、まだまだひとりひとりで闘っている。

 

「労働者よ、団結せよ」とマルクスは語ったが、団結(Unify) の力はものすごい。社会変革は一人では出来ない。だが多くの人が同時に夢を見れば、その夢は実現する。そのためには、一人の優秀な人が社会起業家でいる状態よりも、多くの行動するUnitが伝染病のように広がって行くことの方がインパクトが大きく、社会変革が起こりやすいはずだ。

 

その化学反応を起こす、リアルな場としてHub Tokyo存在させるために孤軍奮闘、いや全軍奮闘、みなさんと一緒に作って行きたい。

ダイヤモンドオンライン「新興国ソーシャルビジネス」連載開始です

本日は、皆様にアナウンスです。

しばらく静かに過ごしていたので、「ちゃんと活動してるのか?」とご心配いただいていましたが、ダイヤモンドオンラインにて、ソーシャルビジネスに関する連載を開始しました。(執筆以外にもちゃんと働いています!ので、ご安心を。)

日本総研というところに所属しているので、そこのリサーチャーとして、他にも渡辺さん、菅野さんというBoPチームをひっぱる女性陣達と執筆していきます。BoPの現場から見える様々なイノベーションの要素や、それを実際に形に落として行く為の試行錯誤をお伝えしていく予定です。

特に私が今年1年、クライアントとも、それから現場でも強調してきたのは、ビジネスモデル・イノベーションと人材育成。もちろん、私の仕事は事業開発のお手伝いなので、事業開発をしながらではありますが、多分な要素と労力が人材開発や組織変革に注ぎ込まれて来ました。このあたりの苦労が一番みなさんに聞いてもらいたいかも・・・・。

それから世界中でソーシャル・ビジネスやBoPビジネスの分野における見方が変遷してきた1年でした。地域でも異なるし、ベストプラクティスが無い状態に突入し、色々な要素が絡み合って、世界中の議論が荒れに荒れた1年でもありました。このグレーゾーンもひっくるめて、全て執筆していきたいと思います。

タイトルがびっくりするタイトルですが、、、、女子アマゾネスチームの名称が思い浮かばず、おもしろがって許してやってください!(笑)

Ms.BOPチームの「新興国ソーシャルビジネス」最前線
特集ページ
http://diamond.jp/category/s-Ms_BOP

記事
http://diamond.jp/articles/-/15401

久々の連載開始で、なまっていた腕を取り戻すべく、現在、執筆中です!

私の仕事、今のところ。

この間、このブログの「about me」にコメントをいただきました。

https://novelleshinoise.wordpress.com/about/

こんにちは。BOPビジネスには以前から興味を持ってました。槌屋さんはどんな仕事をしておられるのですか?そしてBOPビジネス関連にはどんな仕事があるんでしょうか?

というわけで、今日はここに私のお仕事について、詳しく書こうと思います。今まで、近くの人には結構言ってきましたのが、そういえばあまりきちんと書いていないし、私の会社が英国法人の会社ということもあり、私のプロフィールも正式には公開されていないので、Linkedinなどをみてもらうしかなかったかも、と思います。

 

 

私の仕事は、分かりやすく言うとBoPビジネスの研究者兼コンサルタントです。知識開発と事業開発、両方やっていて、実務者側の苦労を一緒に背負って走ってる感じです。

どうしてこうなってしまったか、というと、もともと、うちの会社の中の「インキュベーション」という部隊にいました。そこは新規事業の開発をお手伝いするのが仕事。だから、元々、まだ市場が確立していない分野の産業とか、政策的介入がある市場とかの分野の新規事業のお手伝いをしていました。いわゆる「社会インフラセクター」(公共自治体がやるような社会インフラの構築に、民間企業が参入していく等)や、福祉・医療などの新規事業、環境事業の投融資など、そういったプロジェクトを作っていくお手伝いをする仕事をやってきました。

そういう訓練を受けてきた、というか、そういう経験ばかり積んで来てしまったので、不確定要素の強い新規事業を、山っ気のある人たちとつくり出すことは得意になったんですね。どういうリスクがあるな、とか、こういうことは先にやっとかないとな、という一定の新規事業開発のフォーマットはできるようになったんだと思います。また、公共系のイントラプレナーの方々のお仕事を手伝うことも多かったので、民間企業だけでなく政府や自治体の方々の思考プロセスの上で、新しいことをする、というのもやってました。

それと、もともと、その前に、OxfamというNGOにいた時も、日本でのOxfamの立ち上げ時から拡大期までを経験し、ソーシャル分野のベンチャーみたいな状態を数年過ごしています。そういうのが私の原点なので「スタートアップ」系なんですね。

いろんな形のソーシャル分野のスタートアップに関わって来た、というのが正しいかもしれません。まあ、逆に言うとそればっかりやってきて、他を知らないですね・・・。すみません。

 

 

今、お給料を頂いている仕事は、「BoPビジネス分野/ソーシャルビジネス分野のみ」です。それ以外の領域は請け負っていないのですが、イントラプレナー(社内起業家)となっている人たちをサポートし、事業として成立させ、スケールさせていく。それが私の仕事です。

海外で、自分の仕事を説明する時は、”Consulting to let the big corporate enter the social space and engage into social enterprise, and to establish social business in developing countries together…”とかなんとか話すことが多いです。「多国籍企業が、ソーシャル分野に入る際の戦略立案に関わるコンサルティング」みたいな形で説明してます。

多国籍企業が途上国でソーシャル・ビジネスを創出する際に、カウンターパートになる企業/組織を見つけ出し、コラボレーションできる基盤を作るためのファシリテーションを行い、ビジネスプランを作るまでの過程をデザインする、ということを行っています。

 

 

それと同時に、知識開発的な部分を担当してます。BoPビジネスに関して、プロジェクト立案のために必要な様々な情報を収集し、分析し、新しいメソッドを取り入れ、それらを評価する、等の一連の活動もやっており、それが私の「BoP分野の研究活動」です。その為、世界中の実務者達とネットワークを作り、論文を書き、新しい知識を深堀し、それを実際のプロジェクトに生かして行く、という活動をしています。

足で稼ぐ、といっては何ですが、『ノマドな研究員』になってしまったのも、全て現場で実際にイントラプレナー(社内起業家)の方々や、現地のソーシャル・アントレプレナー達と一緒に働いているからで、どうしても農村から農村へ、と移動しながら、ネットワーキングもしていると、結果、ノマドになってしまいました。(本当は家でじっとしていたいです)

 

 

今では、このBoP分野の仕事も5年間続いており、(今数えてびっくりしました)この間に10数社の大小様々なBoPプロジェクトに関わらせて頂きながら、イントラプレナーを支援しています。これでご飯を食べて行けるようになったのも、嬉しい限りですし、うちの会社の中にも私以外に7−8人のメンバーが立ち代わり入れ替わりで、BoPチームを構成しています。でも、もともとこの分野の事業を持つようになったのも、5年くらい前から本格的にやりはじめたにすぎないのですが、私が現在所属している日本総研の変わったところは、こういう「新しい分野を立ち上げる社員」をサポートしてくれる仕組みがあったんです。私のような一風変わった人間を拾ってくれたのも、おそらくこういう度量がないと無理だったと思います・・・汗

基本、私は「BoPオタク」なので、この仕事は大変満足度が高いですが、もっと言えば、日本企業の中で「新しいことをしたい」と思っている人を支援する、というのが私が自分の仕事の中で一番すきなところ。これを簡単に「コンサルティング」と言う言葉ではまとめきれないところがあって、私の中でこの単語はあまりしっくりきてません。私はコンサル向きじゃないなあ、と思うことも多々。むしろ戦友。そういう感じです。

というわけで、一言でまとめると、日本でソーシャルビジネスを起こそうとするイントラプレナーの人たちを外部から支える戦友、という仕事ですね・・・

 

 

 

あと、私のような仕事以外で、BoPビジネス関連で、どんな仕事があるんですか、という質問。

これもよく受けるのですが、二つ答えがあります。

まず、事業を実施するために必要なもの全てが関係ある仕事だと思います。投融資、ベンチャーキャピタルなどのファイナンス側、政策的介入等のポリシー側、私がやっているような事業の開始・拡大をサポートするコンサルテーション、事業を評価したり改善したりする評価側、などなどです。他の事業に必要なものとほとんど変わりません。

 

 

あと、もう一つ。BoP分野/ソーシャルビジネス分野は、新興分野なので、自分で「職種」を作っていく分野です。自分で思いつき、自分でそのビジネスの形式を考えだせば、それが一つの「職種」を生み出して行きます。

うちの会社でも私が最初にBoPビジネスのインキュベーション(新規事業の孵化)の手伝いをしていくべきだ、と主張した時、反対意見を出されたシニアの方々も沢山いらっしゃいました。皆目見当がつかなかったのだと思います。でも、そういうコンサルティングの枠組みを、うちの会社の中で造り出しました。やったもんがち(by明和電機)というわけです。

かつ、これはうちのチームでいつも話しているのですが、「コンサルティング」という概念を根本から見直すものになりました。こうやって、新しい時代にフィットする、新しい形を模索し、新しく作り出して行くのが、BoPの分野の醍醐味なんだと思います。

 

 

というわけで、BoP分野は、まだまだ未成熟の分野。だからこそ、自分で作ることができる職種が無限にあります。どんどんつくり出してくださるのが一番いいかと思うんです。

皆さんはどう考えますか?

時を刻むということ

グリニッジ天文台の時計

時を刻む。これはグリニッジ天文台にある、最初にできた頃の「時計」だ。人間が「時を刻む」という作業を思いついた頃のことが、この天文台の展示には沢山描かれている。

時を刻むことが出来始めた理由として、定期的に振れることができる振り子ができたこと、その振り子に作用/反作用を与えるバネを開発できたこと、という、とても物理的な、技術的な理由で、「時を刻む」作業が始まったのである。

誰ももし「時を刻む」ということを考えつかなかったら、今はどうなっていたのだろう。

ストーンヘンジ

時を刻み始める前の出来事は、非常に曖昧なのが、人間の歴史だ。ストーンヘンジ。変な石の塊。

と思ったら面白いことに、そうではないらしい。祭壇としての役割を担っていた様子であり、そこに参拝に来る人たちの参道があった。そこに今は羊たちがメエメエと歩き回って、緑の芝が生い茂って、歴史をすっかり覆ってしまっている。

このストーンヘンジで行われいた祭りと太陽に関係する儀式などは、この社会が上下関係が少なく、非常に民主的な社会であったことが伺われるという。イギリスの大昔に住んだ人々は、民会にしろ、こういった遺跡の跡にしろ、民主的な社会をベースとした世界観を持っていることが多く、面白い。ローマ人たちが来る以前の人々やケルト民族を研究するのは、政治思想史的に非常に面白いのだが、その姿がこうやって残っているところも面白い。

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で、ローマ人。写真はローマのカラカラ浴場だ。ローマ人も上下関係がなかった部分もあれば、残酷な上下関係も存在した。不思議な人種だ。

風呂場では奴隷も好きなだけ同じお湯に浸かれるというシステムなのに、コロッセウムのようなところでは動物の餌になっている。

人の命というのを無惨に決定できる人間は面白い動物であるが、おそらく動物の餌にしてしまうような人たちには同じ種類の動物という認識が無かったのかもしれない。だから、人を所有することも、可能だったのかもしれない。

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そして、キリスト教世界の時代。これはアドリア海や地中海側から帰って来た船の上から、ベネチアを見たら、こんな姿だったろう、という写真。

ベネチアという都市国家。近くの神聖ローマ帝国ではなく、イスタンブールにあるビザンチン帝国に忠誠を誓うことで、自分の独立を守っていたベネチアという国。

この国ほど「ヒロイズムのいない国は見た事がない」と塩野七生は書いている。為政者が行う政治が、そのまま全て、この小さな島に住む人たちの欲望を体現している。商業をうまくいかせるため、海賊を追い払うため、地中海における覇権を続かせるため。小さな国のコミュニティであれば、為政者は実質的な人々のニーズをうまく引き出し、政治に反映させることが可能なのだろうか。

この海を制覇した、小さな潟(ラグーン)に住む人々の、ものすごいパワーでの「生きたい」意欲を、この島からは感じた。強い、強い島だった。

ベネチアの下町で

ベネチアの面白さは、所有の概念が少ないところにある。この写真の水路の周りに、教会とそれを取り巻くコミュニティ、そしてカンポと呼ばれる広場がある。この空間的な構造自体が、このコミュニティには「共有財産」こそ存在したが、それを私有化する動きはほとんど起きようが無かったことが分かる。

ベネチアの人々は、全てが元々、本土から逃げて来た人々。他の民族に追われて、安全な海の方へと逃げて来た人である、という。

その逃げ方が面白いのは、教会と教区ごと、ごっそり逃げてくる。教会の司祭を中心としたメンタルな構造が成立していて、その下に豪族や商人や地主が、そしてそのお金持ちの人たちの仕事を支える形で、職人や農民がいた。これは日本の中世とも同じ姿をしていて、特に、私が大好きである飛騨高山の豪族たち「旦那衆」とその周辺の職人達の構造に酷似している。

それが社会を構成するユニットだ。なんだか「会社」みたいだけど、そのユニットは共有の場所として「広場(カンポ)」があり、みんなで鶏とか牛とかをそこで飼っていた。生活のユニットと仕事のユニットが一致していた。

仕事がいきいきと人々に無駄無く分け与えられていた時代の出来事である。

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そして、最後に載せたいのは、100年続いている八百屋の写真。ナポリで出会った八百屋である。

時を刻むことを人間が始めてから、人間は色々な栄枯盛衰を経て、自分達の創ったものがすっかり壊され、地下に埋もれたりしたとしても、その上に新しい緑が生い茂る。

でも、続くものもある。

「100年つづく事業を」といつも話している。途上国で、日本で、東北で、いろいろなところで。始めるなら、続く事業を。スケールする事業を。強い事業を。

この100年つづいた八百屋を見ながら、続く事業とはどういうものかな、と考える。八百屋のおやじは本質的なところをただ淡々と、黙々と、やってきただけで、それだけで強い。

歴史の色々な営みを見ながら、最近ついつい考えてしまうのは、「強い事業」とはナンだろうかということだったりする。そして、「強さ」を持つ為には、人はどんな住まい方をし、どんなコミュニティや、どんな資産を持った社会を創って行くのがいいのだろうか、と考えたりしている。

 

というわけで、最近いろいろ旅をしたのですが、それに伴い考えていたことをつらつらと書いてみました。

世界を旅する。人間らしく。Travel like a human…. Live like a human

Bed and Breakfast.

B&Bって日本では民宿でしょうか。

世界中を転々しながら仕事をし、色々な都市にちょこちょこ腰掛けて仕事をするノマド研究者にとって、とても興味深いサービスを発見したので、今日はご紹介。

その名も Air BnB (http://www.airbnb.com/)

来月行くカンファレンスの公式宿泊施設として紹介されており、(笑)米国ベイエリアの起業家連中からのお墨付きをもらっているサービスです。

 

自分の家の空いている部屋を世界中の人にBed and Breakfastとして提供する。

自分が旅人であれば、いろんな人の部屋を旅する。

そんな夢が実現するサービス。うちのパートナーが数年前日本でシェアハウスのビジネスをやっていたのですが、シェアハウスやノマド的な仕事の仕方を、イノベーティブな旅人的にできたら、と、そんなことをぼーっと夢想していたら、ほんの数クリックで可能にしてくれたサービスです。

 

同じようなことを夢想する人が沢山いるんだなあ、と、笑みがこぼれてやみません。

 

以前、似たようなサービスで、Couch Surfingというのがありました。

「自分の家のカウチを、世界中の旅人と交換する」

このAir BnBはカウチを卒業した人におすすめです。バックパッカーではないんだけど、通常のホテルには泊まりたくない。(仕事がある、とか、勉強がある、とか、もっと落ち着きたい人向け)だけど、地元の人と触れ合いたいし、その土地の普通の人の生活を感じたい。でも、バックパッカーは疲れるからユースホステルには泊まりたくない。そんな感じの人にはおすすめです。中には、完全にホテルと変わらないじゃない!というようなものもあるので、選び方次第ですね。

 

その家のホストがどんな人かしっかり分かること、どういう仕事をしていて、どんな話を夜一緒にできるか、どういう人が今まで泊まったか、どういうハウスルールがあるか、などが分かります。家主の趣味、好きなものなども分かります。また家によっては家主は一緒に住んでいない場合もあるので、その時はその家を独り占め、つまりウィークリーマンション的に使うこともできる。信頼と、効率の良いシェアの発想で成り立っているこのサービス、とてもスマートだと思います。

 

ロンドンにいる友達などには絶賛おすすめをしながら歩いているのですが、今度、このサービスを本格的に使おうと思っています。下手なホテルに泊まるよりも安全だと思います。それに、なによりも部屋のコンディションがホテルよりはるかに良さそうです。

 

そして、ロンドンのわが家にゲストハウスが1室、ひっそりとしているので、それを登録するかもしれません。

ロンドンで登録すると、プロのカメラマンが来てくれるそうで、来週、撮影をすることになりました。こういうサービスが無料であるということが、ビジネスモデルとしても面白く、この会社、なかなかやるなあーと、このイノベーティブな発想にわくわくさせられています。

 

最近、こうした「ソーシャルメディア」のコアの発想を、リアルの世界で実現するようなシステムを作り出す、スマートな会社が増えて来ていて、面白いなあーと見つけては使ってみて、楽しんでいます。

 

最後に、この会社を設立したアイデアマンのプレゼンテーションを。最初の30分で、ささっと作ってしまった、というエピソードは面白いですよ!

BoP関係で役に立つMBAリスト?

毎年、サステイナブル系のMBAのカリキュラムなどを評価しているNet Impactから、Business Unusualという名前のMBAリストが公開されました。
http://www.netimpact.org/displaycommon.cfm?an=1&subarticlenbr=2288

私自身が、どのMBAにも行っていないので真偽のほどは不確かですが、確かに色々な研究をしていると目につくところが多々掲載されていて、数年前から、「どのMBAに行ったらいいでしょう」というご質問に関しては、すぐにこのリンクをお知らせしています。

BOPという言葉だけでなく、グローバルな経営、サステイナブルな事業を実現していく会社づくり、経営づくり、そういったものに興味のある方には良いプログラムもあると思います。大学によってはCSR寄りのカリキュラムが多いなあ、というものもあれば、ばりばり新興国で儲けてやるぞーというカリキュラムもあります。両方とも、戦略し次第、ということで、私はどちらも否定もしませんし、肯定もしません。両方のバランスがある方が面白い、または、自分はよりコチラ側に興味がある、コチラ側の理論を身につけたい、などの用途/目的によって、MBAを選ぶのが一番いいでしょう。

私はMBAホルダーでも何でも無いので、大きなこと言えないので、そういうあたりは他の方々にお任せしますが、基本的に多くのMBAを取りに留学される方々とお会いすると、MBAの資格が重要というよりも、人に会いに行く、人的な繋がりを作る、ということの価値が一生の財産だと思います。
ですが、1年ぽっきりや数ヶ月で各国を回るようなMBAだと、確かに人脈は作れますが、深い人脈かどうかは謎。ネットワークに入り込むことはできると思いますが、そこで心の底から尊敬しあえる戦友達に出会う、というbeautiful storyが必ずしもあるわけではないと思います。
なので、学校に期待しすぎず、自分で自分のネットワークを探索することを前提に、どんなところだったら探索し甲斐があるだろう、と探されるのがいいのではないかな、と思います。

私は現在oxford said business schoolのdiplomaコースを取っているのですが、このコースがイイ、というよりも、コースの内容、先生、それとタイミング、ご縁、それと拘束時間の少なさ(働きながらですから)が私には好都合だっただけです。
今、世界中の同じコースを取っているメンバーと、skypeで予習復習をしたりはしますが、このコースが終わった後もコミュニケーションを続けることになる人がどれくらいいるかは未知数だし、期待以上に少ないだろうなあ、と感じています。

一生の友達というのはそう易々と得られるものではない(人の性格にもよるでしょうけど)と思うので、それこそ、そこで共に旅をし、(学問の旅、人生模索の旅、恋愛の旅、ビジネスの旅などなど)共に時間を過ごし、沢山の経験を共有するしか得られないのだと思います。

そして、なによりも、「BOPビジネスをやりたいのですが、MBAには行くべきですか?」とよく聞かれますが、アメリカの人材市場でBOPビジネスをやる(起業する、またはBOPビジネスに関わるようなサステイナブルな事業に力を入れている多国籍大企業に行く)のと、日本の人材市場で帰国してからBOPビジネスに着手しようとする、のでは、全くキャリアパスが異なりますので、よーく考えてから出発されることをお勧めします。

もう米国や欧州に行ってしまって数年帰ってこない、そっちで就職する、のであれば、BOPビジネスに関連したサークル(またはそういう人々の集まり)に頭を突っ込むのに、MBAは非常に役立ちます。ネットワークもそうですが、MBAがminimum requiredされていることも多いです。ですが、それはそれで全く日本の議論とは違う世界観があることをお忘れなく。
日本企業を元気づけたい、日本企業が活躍する場としてのBOPビジネスを考えたいんだ、という方は、MBAがいいのかどうか分かりませんが、とにかくinternational businessに関係する実務をどんどん身につけるべきだと思います。ケーススタディを学んで、高尚な議論ができるよりも、とにかく実践、地に足をつけていること、交渉の場での経験値、叩き上げた英語、途上国での過酷な状況下での交渉、途上国の人材を雇ったり動かしたりできるリーダーシップ力、こういったものが必要です。そして、これらは別にMBAで習うものではなく、足で経験値を作って行くことしかないと思います。MBA留学はそういった経験値を作り出すためのネットワークを与えてくれるかもしれませんが、卒業後のお話だと思います。1ー2年の留学だけで、日本のグローバル戦略市場で役立つような経験値はすぐには積めないのではないかな、と思います。なので、その人が、その経験をどう生かしていくかに関わっているということなんだろうなあ、と思います。それが私自身はMBAを選ばず、現時点では働き続けることを選んだ理由の一つです。

私がMBAについてはあんまり何も言えない分、サンダーバードに留学中の友人(夫馬くん twitter @fumanofuma)のMBA指南をご覧いただくのをおすすめしています。
とっても役立つので、是非ごらんくださいね。
http://twitter.com/#!/fumanofuma
http://wag-study-abroad.com/wordpress/

メディアと政治にみるフォローワーシップの問題

日本に帰っている間にあっというまに大波乱になっていたマードック氏と政治の癒着について、今更ながら情報を追っていた。
マードック氏の「メディア帝国」はセレブの盗聴を元に拡大していた、そして、そのメディアの影響力がキャメロン首相さえもすり寄らざるを得なかった、という事態。様々なリポートがまだ出て来ているので、事態は収まったわけではないだろうが、ここでいつも常に考えさせられる問題について考えてしまう。関係記事(nikkei 西日本新聞 IBtimes  )など。

 

メディア、見ている側、そしてリーダーたち。

日本帰国時に、TBSのプロデューサーの方とも話す機会があった。KWCという素敵な場で、全く関係ない話から、リーダーシップの話まで、みなで食事をしながら話しつつ、気づけば誰かがプレゼンし、気づけば誰かが皆に質問し、本当に豊かな時間を過ごした。

3月から7月に至るまで、日本のメディアは本当に走り続けていると思う。
その一方で、本当に語られるべき内容が語られていない、いや、日本のテレビ局(特に民放)は、日本の聴衆をあまりに過小評価しているのではないだろうか、という話になった。
難しすぎるから簡単に、お茶の間向けに、専門家ではなくバラエティのタレントが解説して楽しく、深刻な問題を深刻に見せないようにする、、、、
そういう動きが制作の現場で強く働いているのは知っている。

それで本当に語られるべき内容が語られるのだろうか。

久々に日本のホテルでチャンネルを回してみて、見たい番組が一つもないことに気づいた。前よりもひどくなっているような。

これで、多くの有識ある若者たちや意見を持つ人々がテレビから離れるのももっともな話。そして、Ustreamやオンデマンドなどのオンラインのサービスに移って行くのも当たり前。

そしてさらにテレビは残った観客達を喜ばせることに熱心にならざるを得ず、深刻な問題を深刻に見せず、明日の苦労を苦労とは言わず、簡単に分かりやすく、ちょっとのことだけを載せる媒体へ、と変わって行ってしまうのだろうか。

一方、マードックのことも思い出しながら、次の言葉がディスカッションの中で浮かんで来た時、これも深刻だ、と思った。

マードックはセレブの盗聴を「売れるから」やり続けたのである。
イギリスの聴衆のレベルが、マードックの行為を必然的に作り出したように、日本の聴衆のレベルが、テレビ番組の品質劣化を生み出している、とも言える。視聴率が上がるから、という理由でテレビ番組の全てのコンポーネントが決定されていくのだ。

リーダーシップの問題とも絡んでくる。
リーダーシップには常にフォローワーシップというものが着いて回る。
リーダーとなるべき人が、潜在的なリーダーシップを存分に発揮するには、周囲の人々によるフォローワーシップが重要なのである。

(私には日本の菅首相に対して辞任を要求する人たちの気が知れない。民主制というものは自分が投票した相手でなくても、最終的に選ばれた人をサポートするシステムのはずだ。特に、私が最も信じられないのは、民主党の内部の議員が、菅首相辞任を要求するという行為だ。矛盾はなはだしく、フォロワーである自覚がみじんもない。自分の信条にそぐわないのであれば、党内で解決すべきであり、また、彼を首相に選ぶ前に解決すべきである。最初はサポートしていたのであれば、最後までサポートすべきである。それがモラルであり、work ethicsではないのか?)

フォローワーシップについては、政治だけでなく、これはメディアと聴衆の関係にも似ている。視聴率は投票であり、セールスである。
そしてこれは企業と消費者の関係と同じだ。購買は投票であり、売り上げである。

ここで、一つ考えることがある。BOPやサステナビリティばかりをやっているからかもしれないが、企業が次の世代へLeap(飛躍)しようとする際、desruptive(破壊的な)イノベーションが必要となることを思い出す。
次の時代を提示し、その世界へ向かって消費者を促すことをする。それがリーダーシップのある企業であり、ビジョンのある企業なのだと思う。
日本の高度成長期に企業が躍進して来た背景には、消費者たちに正しい情報を与え、消費者たちを教育し、消費者たちに選択してもらう、というパスを持っていたからだと思う。

アーリーアダプターが多い日本のマーケットは、こうした先を示し、消費者を引っ張って行く力は大きなブランドになる。

一方で、テレビ番組を作る側には、「消費者教育」をするという「責任」はないのだろうか?Responsibility = Respond + abilityと以前、北欧の会社の人にいわれたことがあるが、自分達が接している消費者に対して「反応すること」が求められている、ということだ。
一方通行の会話ではなく、対峙する消費者と会話して番組を作ることであるが、これは様々な形で持ち込まれているように思う。(デジタル放送から始まり、twitterなどとの連動?)本来なら視聴率もそうなのだが・・・。
テレビはスポンサーがセールス相手だということも、悩ましい問題だ。反応すべき相手が違うから、こうなってしまったのかもしれない。

いずれにしても、日本のテレビの劣化は社会問題の一つではないかと思う。そして、テレビという場におけるパフォーマンスが良い人ばかりがもてはやされる風潮も本当に危ない。1度のミスが何度もテレビで取り上げられ、失脚する政治家たち。フォローワー達の忍耐やサポートや信じる力が少なければ、そのリーダーシップを発揮するための場も醸成されない。

イギリスでも問題は深刻だと思うが、日本はこの深刻な問題が大きな事件となって吹き出すことなく、静かにさらに悪化していることが怖い。

俳優のヒューグラントがインタビューでこう語った。

「what have you done to our country?」 (マードックさん、あんたは私たちの国に何をしたんだ?)

同じ言葉が今の日本のテレビ番組の中で笑っている俳優やタレントたちから聞くことができるだろうか。